AIが書いた文章を、あとから「AIが書いたもの」と見分けることはできるのでしょうか。文章の特徴から推定するAI判定ツールは誤判定が問題になりやすいため、AIが文章を作る段階で目に見えない電子透かし(ウォーターマーク)を入れておく方法が研究・実用化されています。LLM(大規模言語モデル)の出力に入れるこうした透かしは、LLMウォーターマーク(LLM watermarking)とも呼ばれます。その代表がGoogle DeepMindのSynthID Textです。この記事では、SynthID Textの仕組み、品質への影響、開発者が使う方法、検出のしかた、苦手なケースを、公式ドキュメントとNatureの論文をもとに2026年10月9日時点の情報で整理します。
画像・動画・音声も含めたSynthID全体については「SynthIDとは」で解説しています。
SynthID Textとは
SynthID Textは、大規模言語モデル(LLM)が生成する文章に電子透かしを入れ、あとから検出するための技術です。LLMウォーターマークの中でも、実際のサービスで大規模に使われ、オープンソースで誰でも使える代表的な実装です。Google DeepMindが開発し、2024年10月23日に仕組みを科学誌Natureで論文として発表すると同時に、オープンソースとして公開しました。
特徴は、文章の中に記号や見えない文字を差し込むのではなく、AIがどの単語を選ぶかという選び方そのものに透かしを残す点です。読んだだけでは普通の文章と区別がつかず、文章の品質にも影響しないとしています。
論文の発表時点では、GoogleのGeminiの応答にもSynthID Textの透かしが入っていると説明されていました。現在のGeminiでの扱いについて、2026年10月時点で公式の新しい説明は確認できていません。
Google以外でも使われています。Anthropicは2026年8月、Claudeが生成する文章の透かしは「SynthID Textの方式をもとにしたもの」だと説明しました。
仕組み:単語の選び方に透かしを残す
LLMは文章を作るとき、次に来る単語(正確にはトークン)の候補それぞれに確率を割り当て、その中から1つを選ぶことを繰り返しています。SynthID Textは、この「選ぶ」段階に手を加えます。
Natureの論文では、この方法をトーナメントサンプリングと呼んでいます。流れを簡単にすると次のとおりです。
- LLMの確率に従って、次の単語の候補を複数選び出す
- 候補どうしを勝ち抜き戦で戦わせる。勝敗は、秘密の鍵と直前の数語から計算したスコア(g関数)で決める
- 何回戦かを勝ち抜いた候補を、実際に出力する単語にする
候補はもともとLLMが選びそうな単語の中から出るため、文章は自然なままです。一方で、鍵を知っている人がスコアを計算し直すと、出力された単語が平均よりも高いスコアに偏っていることが分かります。この偏りが透かしになります。
Googleの開発者向けドキュメントでは、Top-KやTop-Pといった通常の候補の絞り込みのあとに適用する「ロジットプロセッサ」として説明されています。また、同じ語句が繰り返される部分には透かしを入れず、検出しやすさを保つ工夫もあります。
品質と速度への影響
SynthID Textの大きな特徴は、実際のサービスで大規模に検証されていることです。Natureの論文では、Geminiの応答約2,000万件を対象に、透かしを入れた応答と入れていない応答を比べています。
- 利用者による高評価の割合の差は0.01%、低評価の割合の差は0.02%で、品質の違いはほぼ見られなかった
これとは別に行った速度の測定では、透かしを入れたことによる生成時間の増加は約0.57%にとどまりました。
また、LLMの学習をやり直す必要はなく、文章を生成する手順だけを変えれば使えます。検出するときにも、元のLLMは必要ありません。
開発者が使う方法
SynthID Textは、Hugging FaceのTransformersライブラリ(バージョン4.46.0以降)に組み込まれています。GoogleのResponsible GenAI Toolkitや、GitHubのgoogle-deepmind/synthid-textでも公開されています。GitHubのコードはApache 2.0ライセンスで、論文の再現用の参照実装という位置付けです。本番で使う場合は、Transformersの公式実装を使うよう案内されています。
Transformersで使う場合は、透かしの設定(SynthIDTextWatermarkingConfig)を作り、文章を生成する関数に渡します。主な設定項目は次のとおりです。
- keys(必須):透かしの鍵となる、ランダムな整数のリスト。外部に漏れると透かしを偽造されるおそれがあるため、秘密に管理する
- ngram_len(必須):スコアの計算に使う直前の語の数。大きいほど検出しやすく、小さいほど書き換えに強い。公式は5を既定値として勧めている
- sampling_table_size:内部で使う表の大きさ。偏りを防ぐため、2の16乗(65536)以上を推奨
- sampling_table_seed:表を作るための乱数の種。任意の整数でよい
- context_history_size:繰り返しを判定するために記録する文脈の量。既定は1024
設定の具体的な書き方は、Transformersの公式ドキュメントにサンプルコードが掲載されています。
透かしを検出する方法
透かしの検出には、文章を生成したときと同じ鍵の設定と同じトークナイザが必要です。そのため、透かしを入れた本人(または鍵を共有された人)しか検出できません。
公式の実装には、スコアの平均を使う方法、重み付き平均を使う方法、学習済みのベイズ検出器の3種類の検出方法があります。ベイズ検出器は、結果を「透かしあり」「透かしなし」「判定できない」の3つで返し、2つのしきい値で判定の厳しさを調整できます。
ベイズ検出器は、使う前に自分のモデルと鍵で学習させる必要があり、Hugging Faceの解説では少なくとも1万件の例が必要とされています。また、Googleの開発者向けドキュメントによると、検出器の公開範囲は、社内だけで使う、APIとして外部に提供する、検出器そのものを配布する、の3通りから選べます。
なお、自社の鍵で入れた透かしを、GoogleのSynthID Detectorなどで検出できるという案内はありません。
苦手なケースと限界
Googleの開発者向けドキュメントとNatureの論文は、次のような限界を挙げています。
- 事実を答える応答:答えがほぼ1つに決まる質問では、単語の選び方を変える余地が少ないため、透かしの効果が下がる
- 大きな書き換え:文章を徹底的に書き換えると、検出の確信度が大きく下がる
- 翻訳:ほかの言語に翻訳すると、検出の確信度が大きく下がる
- 意図的な攻撃:透かしを消そうとする悪意のある相手から守ることは、設計の目的に入っていない
- オープンなモデル:誰でも動かせるモデルでは、透かしを入れることを強制しにくい
AI文章判定ツールとの違い
AIが書いた文章を見分ける方法には、SynthID Textのような電子透かしのほかに、文章の特徴からAIらしさを推定するAI判定ツールがあります。
- 電子透かし:生成する側があらかじめ印を入れる。鍵があれば根拠のある判定ができるが、透かしを入れていないAIの文章は見分けられない
- AI判定ツール:どのAIの文章でも推定はできるが、あくまで推定で、人が書いた文章をAIと誤判定することもある
AIの出力に印を付ける動きは他社にも広がっています。たとえばAnthropicは、Claudeが生成する文章に、SynthID Textの方式をもとにした透かしを入れています(検出は現時点で規制当局などに限った非公開プレビュー)。OpenAIも2026年10月に、独自のテキスト透かし「textGrain」を発表しました。各方式の比較は「AI電子透かし(ウォーターマーク)の比較」で詳しく解説しています。
まとめ
SynthID Textは、AIが単語を選ぶ過程に透かしを残すことで、読んでも気づかない形でAIの文章に印を付ける技術です。Geminiでの約2,000万件の検証で品質への影響がほぼないことが示され、別の測定では速度への影響もごくわずかでした。Transformersで誰でも使えるように公開されています。
一方で、短い事実の回答や翻訳、大きな書き換えには弱く、透かしを入れた本人でなければ検出できません。AIの文章を見分ける決め手というより、自社のAIの出力に責任を持つための仕組みの1つとして捉えるのが適切です。
出典
- SynthID Text(Google AI for Developers)
- Scalable watermarking for identifying large language model outputs(Nature、2024年10月23日)
- SynthID TextのTransformersへの導入の解説(Hugging Face、2024年10月)
- Transformersの生成ユーティリティのドキュメント(Hugging Face)
- google-deepmind/synthid-text(GitHub)
- SynthID(Google DeepMind)
- How Claude marks AI-generated content(Claude ヘルプセンター)
- How Claude's text watermark works(Anthropic、2026年8月14日)